国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」で、企画展「表現の不自由展・その後」が中止された問題で、芸術祭実行委員会会長の大村秀章・愛知県知事は7日夜、記者会見し、8日午後から企画展を再開すると発表した。企画展中止を受けて、展示中止をしていた海外作家らも展示を再開する。
8日の入場方式は、芸術祭のホームページに午前10時頃、掲載する予定。1回あたり30人程度に制限して、1回1時間半程度で2回。事前に作品を解説する教育プログラムを受けた上で、ガイド付きで鑑賞する方式だという。9日以降は8日の状況を踏まえ、順調ならば人数を増やす方針だという。手荷物も預かり、金属探知機によるチェックも行う。芸術祭は10月14日まで。
芸術祭実行委会長代行を務め、企画展再開に反対していた河村たかし名古屋市長は7日夜、記者団の取材に応じ、「再開なんてとんでもない」と憤った。8日午前に展示内容を確認した上で、抗議の意思を示すため、同日午後、会場の愛知芸術文化センターで市長自ら座り込みを行う意向を明らかにした。
また、市が負担する運営費の一部について、河村市長は支払いを保留する考えを示した。
出典元・映像元:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191007-00050228-yom-soci
反日工作にここまで加担するには・・・意図がと
本の購入など色々と少しずつ出てきているからね。。。
作品に対する見解も示せぬ展示会を行う意味とは一体何なのか。
事業費の一部を負担する事になる名古屋市長からの公開質問状は不自由展再開の是非を問う意味もあるはずだが、督促にもかかわらず、未だに答えていない。
再開までに回答するのが筋であるし、その程度の見解も愛知県知事は示す事が出来ないのであろうか。
そのような人間がその『意義』とやらを語るのは滑稽…。
果たして観覧方法はというと何やら随分と規制が多いようで、人数も限られている。
税金を用いる催しにもかかわらず、観覧の平等性は無いようだ。
警備方法もまた付け焼刃という感が抜けず、2日目は流動的という安易な発想には呆れる。
中間報告で示された運営側の不備には警備面も含まれていたはずだが、果たして…。
面子を保とうと再開する事自体が目的となっているようで、見苦しい限り…。
訴訟起こそうか…と仰ってました。
私もそれが良いと思います。
日本政府は名誉棄損で訴えてくれ。
不自由な抗議の問題も取り上げて欲しい。
一部の人間の作品の為の展示で大金を払う方が問題視されるべき。
芸術という名の依怙贔屓。
そんなものに税金投入は到底理解は得られないし訴訟の対象になるんだろう
河村市長は愛知トリエンナーレの会長代行でナンバー2の重責、いつでも随意で見る権限があると思うし、関係者というよりも、
実行委員会の監督権限がある職責の方を拒否する団体って一体なんなのか?恐るべし集団に思える。
河村市長には頑張って頂きたい。
国民が見たくない、
止めてほしいと苦情が来ているのに?
だったら税金使うな!
正気の沙汰とは思えません。
無事に済めばいいのだが・・・
特定の人を誹謗中傷するものがあることを忘れるなよ。
そんな物を展示するんだから全国から批判受けて当然だわな。
大村をフォローするのはもう左の人だけ。
これであんた自身が誹謗中傷されても仕方がないと思えるわ。
鑑賞の不自由展になりましたね笑笑
一緒に座り込みをする人がたくさん現れそう
「制作側の意図と全く違った伝わり方をしている」
こんなぬるいこと言ってる人がいるみたいですが、制作側が何を意図してるかではなく、相手がどのように受け取るかが重要。
日本人がこの作品を見て何を感じるのか。
普通の脳ミソ持ってたら分かると思うんですが。
制作側の意図を伝えるために、もっと別の良い表現手法があるんじゃないでしょうか?
もっと脳ミソ使いましょうよ。
伝えたいことが伝わってませんなんて、「私は芸術家失格です」と自分で言っているようなもの。
そんな人には作品を出す資格なし!
その厳重な警備や追加人員配置もただでできるわけではないのだが、その費用は誰が賄うのか。国民に押し付けるつもりなら言語道断である。芸術の名を語ったプロパガンダにびた一文出す必要はない。
では、悪いとされていること何でも発表していいのか?ということ。そこが問われている。例えば殺人とか。人を殺す映像を芸術とは呼べない。動物虐待の表現を芸術とは呼べない。いじめを芸術とは呼べない。
芸術と呼べるものにも範囲があると思う。今回ね場合、多くの人はそこを超えていると思っている。だから抗議する。なんでも表現できるわけではない。
これに税金使われるのが嫌だって人が
100%に近い95%以上でしょ?
アンケートの意味全然無いし
結局は誰も望んでないのに自我で強行突破
税金使うなら、もっと大衆の賛同が得られるものでなければ。これだけ問題になった時点で、選択ミスだと思う。
座り込みするって市長の考えのほうが正常な気がする。
表現という名の日本へのヘイト。
それを容認するとは、
知事として情けなくないか?
この人は、何を意地になっているのだろう?
裏に何の意図があるかは知らないが、表現は他にいろんな事で表せばいいと思う。
それを見て不快に思う人がいるということは、それだけのものでしかないのではないのか。
人が嫌がるものを作品として展示するということは、それを評価し展示させる人の品位を疑う。
もっと日本の若者が作った物を展示する事の方が大事なんではないでしょうか。
今後、肝に銘じます。
天皇陛下様の画像を燃やす…そこに何の表現が有るのか。
人がやらない無謀で無知な行動を表現とするなら、何の美的感覚もない人達が話題作りで催すただのイベントだと認識されたし。
名古屋市民として恥ずかしい。
途中、文化庁の前で、芸術家の取り巻きが抗議活動してるシーンが映し出されていたが、マイク片手に吠えていたのが共産党の国会議員。
この時点で本質が見えた気がした。番組中アンケートで、賛否がほぼ半々と出てたが、明らかに開催反対が多いと思う。開催日程も残り僅かで何故か再開。これこそ賛成派の歪んだプロパガンダに屈した事になりかねないと思うが。
実行委員会による芸術に名を借りた日本人の分断。
世論調査によると補助金不支給は適切だと多くの国民は判断しています。
民意は河村市長にあると思います頑張って下さい。
河村市長の隣でライダハン像も座り込みしたらどうでしょう?
日本人としての尊厳が貶められたと思うし。
物凄く不快です。
お互い相手が不快に思うことは止めましょうよ。
このような事しても何も生まれませんよ。
生まれるとしたら憎しみだけです。
もっとお互いを尊重し理解をしあえる展示したほうが
両国民のためになります。
これが芸術鑑賞?
おかしいでしょ。
作品の解説って朝日が解説するのと産経が解説するのは180度違うでしょ。
全国の右翼団体が集結して、彼らの表現の自由を爆発させてほしい。
コレまでの日本の事勿れ意識が
棘が立っても、身を切っても、違うのなら違うと
言わなかった、あらゆる面で緩かった
そういう態度は
先々で困窮する結果を引き起こす
と、悔い改めるいい機会だと思う
快楽殺人者には、殺人こそ芸術の神髄かもしれないが
殺された側は芸術と思い至るだろうか?
方や否が、芸術なのだろうか?
しかも事実と嘘誇張の合作で嘘の部分で不快に思うのに
絵画を観て好き嫌いではない
嘘誇張が混じっている絵画を観賞して
ナニを感じればいいのだろうか?
また、ここは市からの助成金の中止という判断を早めにされたほうが良いと思います。我々は一般人は沢山の抗議電話を主催者にし続けるしかないでしょう。今後はアーティストが電話対応するとのこと、我々の怒りを彼らに伝える良い機会と思います。
当然これを認めるものと認めないものが出て来る内容であり、公共の平和を推進する公的立場の者が支持することは他方に対する偏見と成り得る。このことが他方の不自由を誘発することにも成る。揉め事を起こす原因を県知事が作ってはいけない。芸術家の団体が個人的に開催することに対しては「表現の自由」を尊重しなければならないのは民主国家である日本国民として当然である。
不自由展なるものは表現の自由を騙った、身勝手な主張であり、アートでは絶対ない。勘違いしてはいけない。
名古屋の人からすれば、こんなことにお金を使わないでほしいと思っているはず。
すでに意地になっていると思うが、税金を使ってヘイト日本展をやってやったぜとする事が彼らの目的。
河村市長も座り込みなんかしなくとも、民意に反した金は出さないと国のように宣言すれば良い。スポンサーにも発言させよう。
自腹でやるんだと言わせれば良い。自分達で揚げた予算だけど県の事業だから会場費は高いよ(笑)。相当膨らませてると見た。
審査に少し時間がかかるけど、情報公開請求で
事業予算書を公開させるのも良いかもしれない。プレッシャーにはなりそう。
展示したら逮捕されるような物を想像させるような展示をした方が企画に合ってると思いますよ。
再選は無いでしょうね。。
ただ、昭和天皇を燃やすヤツ…この20年前など戦争世代が健在の時こそ、展示しないは卑怯…申し訳ないけど、作者の今後は、極右や日本会議の攻撃から、永久に避けられないと感じる…。
せっかくの芸術祭が政治論争の場になった。
芸術を楽しむ場を、ものの見事に壊してくれた。
次回の開催は、もう望めないのではないか。
おかしな展示をするなら、他所でやってくれないかな。
再開されることの是非はあるが、政治家としての彼がすべき対応がそれでいいのかと。言わんとすることはわからなくも無いが、ちと、安っぽい。選挙する民衆を少しなめてる気がする。
政治家なら、本流で、有無を言わさない反応をすべきでは。
行動することは非常に尊いが、行動の仕方は色々あるはず。
反日思想に凝り固まったものを芸術と言うのなら言っても結構ですが、韓国で開催してください。
芸術作品とは、斬新さや独創性などで観る人々に感動や幸福感を与えるものである筈です。
愛知県民の総意が、そのようなヘイトに基づく展示会の開催を認めているとは思えないのですが、どうなのでしょうか。大村知事は、愛知県を韓国に併合しようとしているのでしょうか。
それ以降は市長という立場としては関係のない話なので、意地になる気持ちもわかるが、ここは表現の自由として、行政の長として、放っておくべきだと思う。
もし行政の長として再開を反対するのであれば、憲法違反を上回る明確な理由が無ければ難しいので、ここまでくると治安維持等の理由のみでは逆にヤラれる可能性のほうが高いです。
世論や反対の意見は耳に入れず
被害者ぶって差別や批判に立ち向かうみたいな姿勢に不信感しか無い
この様な事にまた税金が費やされるのかと思うと心底嫌気が差すのだが、愛知県民や名古屋市の方々はどう思われているのだろう
近くなら反対運動したかった。無力が悲しい。
多額の県税等が使われるらしいが、地方交付税が関係するから、他の県の者、また日本人として注目することとなる。
①芸術祭らしいが、今回の企画は、芸術性が疑問となるものだ。つまり政治色の強いものに公費をを出すべきではない。
②どうしても強行に開催したいのなら大村知事ら私費で実施すればよい。
普通の観覧者が危ないんだけど。
それでも、やるんだ、後には引けないてっか。
これは調べれば大村の怪しい金の流れが出てきて大村をクビにできるチャンスでもあるかもな
だって普通に考えておかしいよな
今まで国の金アテにしてきてあーだこーだつっかかってきてたのにいきなり再開なんて普通なら出来るはずがない
それこそマスコミはこういう明らかに怪しい金が流れないと再開出来ないんだから徹底的に調べて大村の息の根を止めてほしい
こんなのを知事特に愛知という県の首長においておいてはいけない
かれは皆さんが考えていた通りの方ですか?
今回の彼の言動に皆さんは賛成出来ますか?
愛知県人は、あの像を芸術的表現と思いますか?
次回の選挙では是非とも愛知県人の良識を見せて下さい。
お願いします。
河村市長はよく頑張っている
自費で表現したいのなら議論の余地は残るでしょうが、裁判が決着をつけることになるのでは?
これを企画した実行委員会のメンバーを見ればいかに政治色が強い反日
組織がからんでいるかが一目瞭然である。
河村市長の純粋な愛国心には敬意を表します。
表現の「不自由」を謳うのであればその責任は展示者にあるだろう。
公費を使う是非を問うやり方は芸術を貶めている。
活動家としては、中止になることで目的を達しているのだから。芸術表現とは真逆でしょう。
芸術とは、説明して理解させるものではなくて、何の予備知識もなく感じるものだと思うんだが。
表現の自由は確かに守らなければならない。しかしながら、こういう日本国や強いては日本国民を愚弄する表現が認められるなら本末転倒でしかない。
表現の自由がすべての権利の頂点にあるわけではないはず。
例えば、今回の作家の方々個人を愚弄したり、差別するような作品が作られたとして、それが公開展示されたとしても今回同様に行動されますか?
また、津田は客員教授などを務める優秀な方でしょうが、都合の良い時だけ記者会見し、都合が悪ければ雲隠れするという点で如何なものか?
知事も引くに引けないんでしょうが、もっと人物や団体を調べた上で開催しないとね。
民主党あがりの河村さんが、不支持とは
こういう場面で各々の本質が見えてきますね