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なかにし礼さん死去【ネットの声:いっぱい名曲がありすぎる】

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 「北酒場」「石狩挽歌」など数多くのヒット曲を手掛けた日本歌謡界を代表する作詞家で直木賞作家のなかにし礼(なかにし・れい、本名中西禮三=なかにし・れいぞう)さんが24日、東京都内の病院で死去した。

 82歳。死因は明らかにされていないが、1カ月ほど前に持病の心疾患で入院していた。10月に作曲家の筒美京平さん(享年80)が他界したことに続く、衝撃的な悲報。日本の音楽界はまた一人、大きな星を失った。

  数々のヒット曲を作詞した昭和を代表するヒットメーカーで、映画やオペラの製作でも活躍。時の政権を厳しく批判する辛口のテレビコメンテーターとしても、お茶の間に愛された人だった。

出典元:映像元:https://news.yahoo.co.jp/articles/e8b4ae3facfb0f60c2f16a080c8bf661f2630a13

名無しさん
北酒場を作った作詞家と作曲家の二人が同じタイミングでお亡くなりになるとは。
なかにし礼さんの詞は何というか石狩挽歌の様なリアルさや鋭さ、黒沢年男さんに歌わせたいと思って作ったが最初は本人が歌うのを嫌がり、最初は自分が歌ってヒットさせ、その後、黒沢さんが歌いヒットした、時には娼婦のように、タイミングがビンゴ過ぎた石原裕次郎さんの我が人生に悔いはなしは名曲だと思う。意外なとこでは、新幹線の車内で流れるTOKIOのあの曲の詩もなかにしさんだよね。
何と言えばよいのか、なかにしさんの詞で彩られた歌はヒットはしなくても長く歌い継がれて行く様な歌だと思うなぁ?
合掌
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名無しさん
いっぱい名曲がありすぎる。
中でも…。
「あなたならどうする」「AMBITIOUSJAPAN!」、昭和と平成、20世紀と21世紀、どちらの時代にも筒美京平先生と組んでつくられた。
「石狩挽歌」「時には娼婦のように」は、なかにし礼先生のお兄様との思い出がバックにある。
ここ数年闘病中だったが、今は大きな星を失ったような思い。でも、なかにし礼先生の作品はこれからもたくさん聴き、歌い継がれる。
由利子さん、お辛いでしょうが先生の分まで長生きして下さいませ。
合掌
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名無しさん
一つの時代文化を作った世代の次々の死去
最近は1970.80年代の歌謡曲やロックジャズが頻繁に流れている
それだけ今のは重みがないというか
薄っぺらで味のないものが多いってことな
んかな?
まあ当時は今のようにネットもなく趣向も
四方八方に張り巡らされていなかったので
目や耳に触れる機会が多かった一面もあったろうから、比較は難しいんだけれども
あとは世代間ギャップもあるかな
返信0
名無しさん
なかにし礼さん、阿久悠さん、筒美京平さんと昭和世代の歌謡曲の重鎮がまた亡くなられました。
いよいよ昭和が遠のいて行きます。
年越しの紅白裏番組の懐かしの歌で、平成生まれの歌が勢力を伸ばして来てます。
時代は流れていく・・
返信0
名無しさん
石原裕次郎さんが歌ったTVドラマ版「座頭市」の主題歌「不思議な夢」や「西部警察」のエンディング曲の数々を作詞されていましたね。
当時、まだ小学生の子供だった私も裕次郎さんの歌った数々の曲に魅了されて、父親にせがんでその曲のカセットテープを買ってもらった記憶がありまして。本当に素晴らしい名曲です。
ドラマ「兄弟」も家族揃って観ていたっけねぇ……。たけしさんの悪魔的な存在感と怪演ぶりがスゴかったなぁ……。
なかにしさんのご冥福をお祈りいたします。
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ddd
ちょっと世代が違うけど、たしかアンビシャスジャパンを作った方ですかね。幅広く良い歌を作られた方ですね。今年は芸能界の方が沢山亡くなられた年でした。ご冥福をお祈りいたします。
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名無しさん
もう20年くらい前になりますけど、コメンテーターとして若者言葉へのコメントを求められて
「いいんじゃないですか、言葉は変わっていくものです」
と回答されたのが印象深いです。
その通りで、奈良時代の日本語の発音をしている人は誰もいないし、独壇場を正しく独擅場と仰ったり書いたりする壮年世代もいない。
当時高校生の私も同じ考えだったので、以後ずっとリスペクトしていました。
ご冥福をお祈りします。
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名無しさん
昭和の歌謡界を裏で支えられた偉大な作詞家、作曲家が、相次いで亡くなられるのは寂しいですね。我々昭和生まれにとっては、ジャンルは関係なしに、名曲はすべて聴き入ったものです。またどの時代に聴いても何故か曲あせない、不思議ですね。それが名曲なんでしょうね。まぁ年齢的には日本人男性の平均寿命なので早くはないんですがね。しかし、有名な方が亡くなられるのは誠に寂しい。御冥福をお祈りします。
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名無しさん
今、ニュースで知りました。ショックです。筒美京平さん、中村泰士さんに続いてなかにし礼さんまで。本当に良い作品を送り出してくれた方たちの訃報は残念でたまりません。思い出がたくさんある曲ばかりです。この時期になって胸が痛くなるような訃報は辛いです。
ご冥福をお祈りします。
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名無しさん
心よりお悔やみ申し上げます。
私は、なかにし礼さんの評論活動に多くを学ばせて頂きました。
平和への想いが、青少年にも伝わる事を願われていた事に強く感銘を受け、その点を私の支えの一つにしてきました。
また、癌との闘いの最中の創作活動への情熱とその成果には、全人生をかけた世の中への呼び掛けでした。芸術性をベースにしたそれは、哲人の趣さえ漂うものです。謂われている〈生きる力〉の輝ける典型でした。
悲しみを胸にしまい、私は前に進む。
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XYZ
またひとり昭和の歌謡界において偉大な方が亡くなられた。
なかにし礼さんと言えば作詞家だけにとどまらず小説家としても直木賞を受賞されてるし、テレビにもコメンテイターなどでも数多く出演されてましたね。
今年は特に偉大な功績を残した音楽家の方たちが、この世を去りまたひとつの時代の終焉を迎えた形になりましたね。
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名無しさん
先日、中村泰士氏が逝ってしまって今度はなかにし礼氏が逝ってしまった。「北酒場」を作った作詞作曲家の両氏が同じ時期に逝ってしまったのは本当に寂しい。
「天使の誘惑」でレコード大賞を獲得し、その後は演歌・アイドル・ドリフや裕次郎まで幅広い曲を書いた名作詞家だったな。
一番好きな曲は、「グッド・バイ・マイ・ラブ」(アン・ルイス)の曲が好きだな。
今年は、音楽界で有能な筒美京平・中村泰士そしてなかにし礼の先生方がお亡くなりになって、昭和の時代の火がまた一つ消えて行った感じがする。
ご冥福をお祈りいたします。
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shi*j*reba
作詞家、作曲家の分業が当たり前だった昭和の時代の巨星たちが
駆け足で逝ってしまいますね。
今ではシンガーソングライターなる者が主流となってしまいました。
ただ、それも技術革新の末にいずれ人に心地良い歌詞、曲をAIが作りだし
安直になる時代がくるのでしょうかね?
その意味では人の心、機微を表現を重視する時代の人達でしたね。
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名無しさん
今月に入ってから、数多くの著名人が相次いで亡くなられている。
なかにし礼さんも亡くなられたか。
あの人は歌謡曲はもちろん、CMやアニメの主題歌も手掛けた。
アニソンなら、1985年放送の「少公女セーラ」の主題歌が印象深かった。
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名無しさん
私の母校の校歌も作詞されていて、とても力強い歌詞でした。
当時は気にしてませんでしたが、卒業してからなんでこんな大ヒットメーカーがうちの学校の作詞をされているんだろうと気になってはいました。
素晴らしい歌をありがとうございます。
返信0
名無しさん
TOKIOの「AMBITIOUSJAPAN!」は大好きな歌なのですが、作詞なかにし礼氏、作曲が筒美京平氏でしたね。
この歌に勇気づけられました。
お二人が亡くなってしまって、とても悲しいです。
TOKIOが紅白に出てたら、今年はこの曲を歌ってたかもしれないですよね。残念です。
生でいつか聴ける日が来るでしょうか。
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nu
若い頃北原ミレイさんの【石狩挽歌】に
衝撃を受けどうしても生で聴きたくて
父親に頼み北原ミレイさんのショーが有るキャバレーに連れて行ってもらったことがあります
情景が目に浮かぶ歌詞と北原ミレイさんの素晴らしい歌声、そして親切なキャバレーの皆さん。本当に行ってよかった。
いい思い出です
なかにし礼さんのご冥福をお祈りします
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名無しさん
なかにし礼さんの作品で1番歌った曲は、なかにしさんが意訳された「日本の第九」です。以前所属していた合唱団の某先生に「東員町で日本語第九やるんやけど歌わへん?」と誘われて10年連続で参加しました。そこの舞台では本邦初演となる「東員歌頌」の初演にも参加させていただき、当時はあまり演奏されていなかった日本語の第九、初演の東員歌頌を演奏する貴重な機会を頂き良い思い出となっております。なかにし礼さんのご冥福をお祈りします。
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まあちゃん
北酒場、大好きな曲
流行ってた中2の時、クラス全員で宿泊訓練に向かうバスの中で歌った。
私的には、演歌=年配者が好む…みたいなかんじだったけど、みんな覚えていて大熱唱。
万人に好まれる親しみやすい曲と歌詞だったのだろう。宝物をありがとうございました
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名無しさん
年末は、よく亡くなる方が多いと聞いた事があるけど、本当ですね。
つい、
名無しさん
来年あたり、昭和ブームが来るんじゃないか?
と思っています。
決して戻ることのできない、あの優しく暖かく、
ちょっと貧しかったあの時代、正直なところ、
スマホを今すぐ投げ捨てて昭和ライフを送りたい。
そしてあの時代の豊かなカルチャーを楽しみたい。
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名無しさん
半月ほど前、ふと「喝采」を歌ってみたくなって口ずさむと、全部覚えていた。流行った頃、私は小2で、かけ離れた曲なのに、歌詞カードを見ながら口ずさんでいた。
中西さんの曲は、酒場とか娼婦とか、若い女の子とはかけ離れた世界だったけど、どうしてか耳について離れず、今もそらで歌える。
必死な毎日の中で、ささやかな癒やしや喜びを見つけて何とか頑張って生きている。立場は違えどどこか共感できるものがあった。
中西さんが生きている間に、ここのコメント全部を読ませてあげたかったなあ。
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名無しさん
ヒットメーカーの筒美京平さんの後に同じく作曲家の中村泰士さんが亡くなったばかりなのに、作詞家のなかにし礼さんまで亡くなり昭和の歌謡曲を代表する作詞家・作曲家が亡くなって寂しい限りですね。
心からご冥福をお祈り申し上げます。
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名無しさん
子供の頃、なかにし礼さんの兄の借金問題でワイドショーに取り上げられた。大人になってからビートたけしが出演した、なかにし礼さんのドラマを見て、そうだったのかと当時を思い出した。
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アングリー庶民
北酒場の作詞・作曲の方の訃報が連続して届くとは。
今年亡くなった音楽家の方々の作詞・作曲を合わせたらすごいベスト盤が出来そう。
それだけ、巨星が次々と旅立たれた訳ですね。
名曲を残して。
今から10年後・20年後にそう言わる曲は何曲あるのだろう?
返信0
名無しさん
走れ歌謡曲で、中村泰士さんの追悼として北酒場をかけてた。個人的には喝采聞きたかったけど。まさかのまさか、同曲の作詞家まで続けて亡くなられるとは。絶句としか言いようがない。
ひとまず、お二方のご冥福をお祈りします。
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名無しさん
平成生まれの私は
昭和の人についてはあまり詳しくないけど
なかにしれいさんの名前は聞いた事がある。
昭和の時代の流行歌の代表的な作詞家。
昭和の人ならきっと
ほとんどの人が懐かしく思い出す歌が
いくつもあるんでしょうね。
返信0
純日本製
美輪明宏さんも泣いてるよ。
長崎ぶらぶら節 芸妓愛八最期の描写と同じような最期を遂げられたか。
ソ連軍の機銃掃射にあったりよくも大陸から帰れたものだ さらに幼いのに北海道からも貨物船で何日もかけて日本海をゆられ本土上陸 さらに東京まで。
悪い兄貴 恋の仕方 きりがないくらい濃厚な人生。
銀巴里は永遠なり! 石原裕次郎が出迎えか。
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フランプトン
筒美京平さん、中村泰士さん、なかにし礼さん。昭和歌謡を牽引した作曲家や作詞家が次々とお亡くなりになり本当に昭和が遠い時代になってきました。
昭和歌謡を聴いて育った世代にとっては悲し過ぎます…。
ありがとうございました!その一言だけです。
返信0
名無しさん
筒美京平さん中村泰士さんなかにし礼さん…昭和の歌謡界には欠かせない方々が旅立たれ気がつくとこんなにもあの時代から時が流れていたのかと長い道程を振り返ります。どうかどうか現在もご活躍のすぎやまこういちさんお身体を大切にまだまだお元気でいて下さい。
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名無しさん
てるてる家族の原作、なかにし礼さんでしたよね。
とても楽しませていただきました。
引き揚げ時の混乱と戦後の貧困などご苦労を伺っています。
いろいろ伝えてくださってありがとうございました。
返信0
名無しさん
え?言葉が出ません。昨日中村泰士さんの訃報を聞いたばかりなのに。筒美京平さんを始め昭和歌謡界を代表する方々が亡くなっていく寂しい年になってしまいました。しかし作品は永遠に残るので、歌い継いでいきましょう!
謹んでお悔やみ申し上げます。
返信0
名無しさん
中学2年の時の林間学校でのレクレーションでクラスで「北酒場」を歌ったことを鮮明に覚えている。兵庫・鉢伏高原での満面の星の下、めちゃくちゃ楽しかった。歌詞の内容はあまり理解してなかったけれど…合掌。
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ko-bo-man
昨日北酒場を作曲した中村泰士さんが亡くなられていたと報道されその翌日に作詞をされたなかにし礼さんが亡くなられるとは言葉が出ないです。
何年も前にがんに罹り闘病しながら活動されていたとはいえども相次いでの訃報に驚きです。
作詞家として名誉を得た一方で兄弟間との確執と波瀾万丈のなかにし礼さん
お疲れ様でした。
ご冥福をお祈りします
返信0
名無しさん
「北酒場」の名曲を作った作詞家、作曲家両方が亡くなられたって事か。
偶然にも最近名曲を作った筒美京平さんとか次々に亡くなって凄く残念。
ご冥福をお祈りします。
返信0
赤羽律紀
作詞家として心に残る名曲を残し、
作家としても様々な作品を残した。
中でも「赤い月」と
「てるてる坊主の照子さん」で
対照的な生き方をした母と義母を
描ききったのが良かった
返信0
野次馬
今年は、素晴らしい作詞家作曲家の訃報が相次ぎ、悲しい限りです。
年齢的にそういう時期なのかなァ(涙)
次の世代はシンガーソングライターが多くて、シットリとした歌は思い浮かばない。
悲しいな。
返信0
名無しさん
筒美京平氏、中村泰士氏と立て続けに昭和歌謡を代表する人が…
時代が変わっていこうとも間違いなく今後も彼らの作品が歌い継がれて行くと思う。
ご冥福をお祈りします。
返信0
名無しさん
12月も下旬になって有名人の訃報が多いですね。「北酒場」作曲が20日に亡くなった
中村泰士氏、作詞がなかにし礼氏と続けての訃報に、細川たかしさんもWショックでしょうね。ご冥福をお祈り致します。
返信0
名無しさん
石狩挽歌を口ずさむと、見たことのない
荒涼とした海辺が確かに目の前に浮かび、
隆盛を懐かしむ女の気持ちが乗り移る
ような気持ちになる。
すごい歌だなあと思う。
返信0
名無しさん
ついさっき、作曲家の中村泰士さんが亡くなられた記事を読んで「あー残念!」と考えていた矢先に、なかにし礼さん死去の記事。残念以外に言葉が出ない。どんどんと昭和が駆け足で、遠のいて行く。詩が覚えやすく、曲も口ずさみやすい曲が多くあり、昭和生まれの人間にとっては、正に”青春時代の歌謡曲”でした。御二方、安らかに永眠して下さい。有難う御座いました。合掌。
返信31
名無しさん
心のこり
北酒場
作詞と作曲をしたお方がこの4日でお亡くなりになるなんて昭和がまた遠くになった証だね。
他にも数多くのヒット作品があり、皆様の口ずさめるような作品が多い。
創作意欲は衰えを知らないからこそ、まだまだ書いていきたい気持ちが強かったはず。
天国でたくさん書いてください。
返信8
Was*****
また一人昭和音楽の代表者が亡くなられた。残念…。今年は音楽界やお笑い界で大きな星が消えた一年。また、コロナでも俳優の自殺が続いて悲しい年でもあったなあ。
年末の特番あるだろうけど、今年は振り返りが辛くなりそうな方々ばかり。御冥福をお祈りします。そして、新たな才能が生まれることを願います。
返信7
Person
戦争さえなければ、昭和は本当に良い時代だったと思うし、逆に戦争体験がある方が昭和を作り、令和の日本がある気がするな。
合掌
返信5
tststs
昨年の正月に、歌舞伎座の客席でのお姿を拝見しました。
とにかくカッコ良かったことに驚いたのを憶えています。
とても真似できないけど、憧れたい齢の重ね方でした。
作品の素晴らしさもまた永遠。
合掌
返信2
名無しさん
慌ただしい年末・年の瀬に、中村泰三氏・千家和也氏、そして今度は・・なかにし礼さん・・・。
それぞれが、皆さん大家とか巨星と称される方々ばかり。
「昭和」が・・一気に遠退いた感じがします。
それでも彼らの残された名曲は、いつまでも歌い継がれて行く事でしょう。
返信5
名無しさん
最近の歌は全く覚えられませんが、なかにしさんの作詞作曲された歌は、すぐに頭のなかで想像できます。歌謡界では稀有な人だろう。晩年はガンなのにタバコを辞めない頑固さが印象に残ってます。
ご冥福をお祈りいたします。
返信0
名無しさん
これはまた昭和の巨星が落ちた。
平成、令和と続いてるけど、
昭和の時代の人間が産んだ文化と創造性を超える様な状況には至っていない。
返信2
小人たち、19人。
なかにし礼さんは「ワイドスクランブル」に出演してた頃からがんを患っていたが、また一人・偉大な方が亡くなられてしまった。
御冥福を、お祈りします。
返信1
highberb
作詞家という顔だけでなく、テレビのコメンテーターや「タモリの音楽は世界だ」の解答者では自分が作った曲を当てられない事を出演者にいじられて照れていた姿が個人的には忘れられません。お悔やみ申し上げます。
返信0
名無しさん
えっ、なかにし礼さんも亡くなった!?
確か、TOKIOの歌「AMBITIOUSJAPAN!」も、なかにし礼さんが作詞を手掛けていたんだよね。
作曲を手掛けた筒美京平さんも亡くなったし…
なかにし礼さんに対して、お悔やみ申し上げます。
返信0
名無しさん
昨日、中村泰士先生の訃報を聞いて、久しぶりに北酒場のメロディが浮かんできて…そしてなかにし先生の訃報…これも縁というべきか…寂しくなる一方ですね。
今年は様々な悲しい訃報がありましたが、筒美先生含め、音楽会の巨星が次々といなくなるのは本当に切ない。自分も年を取ったってことだけど、本当に昭和は遠くなってしまった。
ご冥福をお祈りします。
返信1
名無しさん
ここ最近、昭和の歌謡曲を支えた作詞作曲家が相次いでお亡くなりになっている。
またひとつ昭和が遠くなっていく気がする。
昭和に作られた名曲が、令和の現在でも歌い継がれる事は素晴らしい事。
名曲とは時代を超えて場所を超えて歌い継がれる。
ご冥福をお祈りいたします。
返信0
名無しさん
なかにし礼さんの「兄弟」を読んで、
結構ショッキングだったのを覚えている。
とにかくお兄さんが破天荒で、なかにしさんの
人生においてとてつもなく振り回され、なかにしさんの見えない闇が垣間見られ驚いた。
是非未読の方におすすめしたい。
それにしても今年もまた幾多の偉人の方々がお亡くなりになる。悲しく、寂しい。
御冥福をお祈りします。
返信1
BASEBALLFUN
驚きました。自分は作詞を趣味にしていて、なかにし礼さんにも影響を受けたので亡くなられて寂しい限りです。
自分の世代だとリアルタイムではTOKIOの「AMBITIOUSJAPAN!」が一番馴染みがあります。作曲は筒美京平さん。
まさかこの大御所お2人が同じ年に亡くなられるなんて…。
「AMBITIOUSJAPAN!」は本当にいい曲。これからもずっと多くの人に聴き継がれて欲しいです。
なかにしさんには素晴らしい詞の世界観を堪能させて下さり感謝の気持ちでいっぱいです、ありがとうございました!
返信0
名無しさん
筒美京平 なかにし礼
昭和を代表する
作曲家 作詞家
あの歌謡曲!と言う
誰もが知ってる歌!の時代
紅白歌合戦の出場者の曲も
みんな知っていた
良かったな、、、
返信2
名無しさん
作曲家の活動ばかりでなく、NHKの連続テレビ小説「てるてる家族」が好きでした。小説家としても、活躍されていましたね。又、加藤登紀子さんの作曲で「石原裕次郎さん」の最後の曲である「わが人生に悔いはない」が心に残ります。こうなったら、筒美京平さん、中村泰士さん、なかにし礼さんの追悼を「紅白歌合戦」で放送されたらいいのだけどどうでしょうか。
返信2
名無しさん
満州国について書かれたり映像化されたりしたものの中で、「赤い月」が最も秀逸だったと思います。
ご自身の経験をリアルに書き上げたこの小説はこれからも永遠に語り継がれるでしょう。
返信0
名無しさん
中村泰士さんの訃報を聞いたばかりだったのに…
カラオケで歌う歌には、この方達の名前はなくてはならない存在です。
昭和から年号も二つ進み、時代の灯が次々と消えていくのも仕方のないことなんでしょうか…
さみしいですね。
ご冥福をお祈り申し上げます。
返信0
名無しさん
以前、兄弟をドラマ化したのを観たけど、礼さんの兄を演じていたビートたけしの存在感が圧巻だった。
礼さんがいくら稼いでも殆ど兄が使い込んでしまう。
そんな滅茶苦茶な兄だが、その兄のおかげで石狩挽歌という名曲が生まれたのも確かなんだよね。
中学生のころ、この曲を聞いたときは意味がさっぱり分からなかったな。
合掌。
返信3
名無しさん
年末になってから小松政夫さん、中村泰士さん、浅香光代さん、そしてなかにし礼さんと、芸能界大御所といわれる方々が天に召されてますね。
時代の流れとは言え、寂しさを覚えます。
ご冥福をお祈り致します。
返信0
エドワード・エルリック
なかにし礼さんといえば「時には娼婦のように」
子供心になんだか聴いていはいけない歌のようで、でもメロディアスで引き込まれた記憶がある。
ご冥福をお祈りします。
返信1
名無しさん
シャンソンの訳詩からスタートしたこともあってか、なかにしさんの詩には人生についての深い洞察が見え隠れしていて味わい深いものがありました。凄まじい人生経験の所産だったのでしょう。作詞を控えてからの「長崎ぶらぶら節」「兄弟」「赤い月」など作家活動もその筆力に目を見張りました。何をやっても一流の方でした。石原裕次郎さんとのエピソードも忘れられません。ご冥福をお祈り致します。
返信0
名無しさん
中村泰士さんを追うようになかにし礼さんまでも。昭和の歌謡曲を盛り上げてくれた作詞家や作曲家の人達が次々に亡くなってしまう。なかにし礼は、永ちゃんの最新アルバムで二曲作詞して、その内の一曲いつかその日が来る日までは、アルバムのタイトルにまでなって、またこのコンビの曲を聴きたいと矢沢ファンとしては期待してたのに本当に残念です。なにかなかにし礼さん自身の歌詞だったのかな。心からご冥福を祈ります。
返信0
t2c
レコード、CD、カセットテープ、MDで音楽を聴いていた「昭和世代」・・
まるで、江戸末期、明治、大正時代を生きた人と同じような感覚なのでしょうね。
刀、ちょんまげ、馬、籠の時代は終わり、蒸気機関車が生まれた。
今や、音楽は自由にネットで選べる時代になり、私達、昭和世代とは音楽に対する考え方も違うと思います。
寂しいけれど、時代は変わっていく。
まだ、50代後半ですが、今の音楽には全く興味が湧かない。うるさいだけ・・
歳をとったな~と思います。
返信2
名無しさん
最近コロナ意外でも訃報が多く報じられる。医療現場がコロナに傾注しているため、いままでなら生きながらえていた人たちも対応が手薄になり、残念ながら亡くなっているように思える。
そう思うのは私だけなのだろうか。
返信0
letsgenmai
大袈裟でなく大声を出して泣きたい報せ。作曲家としてはもちろん一人の人間としても心の底から尊敬できる偉大な方だった。
しかしこの毎日流れてくると言っても過言じゃない大御所の訃報はコロナによる医療逼迫と無関係ではないのだろうと考えると更に更に胸が締め付けられる。
なかにし礼氏のご冥福を心よりお祈り致します。
返信2
名無しさん
泰士先生の訃報が昨日報じられて、今日は礼先生が… Snowmanの枠が空いたし、細川たかしに急遽紅白出演してもらって、追悼の北酒場を歌ってもらえないもんかねぇ。
返信1
アートネーチャン
10年くらい前に見た中西さんの自叙伝「兄弟〜兄さん、頼むから死んでくれ!」中西さん役を豊川悦司さん、兄役をビートたけしさんが演じてましたが、実話に基づいた内容だけに強烈なインパクトがありました。
もう一度、再放送で見たいですね。
返信0
名無しさん
阿久悠さんの時にも思いましたが、中西さんしかり、中村さんしかり、あぁこの曲もこの人の作曲や作詞だったのか!と思わせるぐらい、さまざまなジャンルで活動をし、楽曲、詞を提供されて大衆を楽しませていただいた方々。
ベートーベンやモーツァルトなどから比べれば、世界的な知名度はないかもしれないけど、偉大な方々であることには違いないですね。
なかにし礼さんといえば、好きで見ていた「タモリの音楽は世界だ」でのレギュラー解答者として出演されていた姿が思い出されます。
最近は長く闘病されていたようですが、本当にお疲れ様でした。
返信0
名無しさん
TOKIOの「AMBITIOUSJAPAN」という曲がありますが、確か作詞は、なかにし礼さん。作曲が筒美京平さんでしたね。お2人とも今年2020年に亡くなられたことになりますね。
謹んで、ご冥福をお祈りします。
返信1
JohnFoxxx
なかにしさんまでお亡くなりになるとは…
昭和の本音の男と女の世界。
艶めかしさ。
子供の頃に耳にした色艶の言葉が今になって分かりました。
そして、分かった頃に手に届かないところに行ってしまうとは。
昭和も遠くなりにけり。
ゆっくりお休みになって下さい。
返信1
名無しさん
筒美京平さん、中村泰士さん、なかにし礼さん
昭和を代表する偉大な作詞・作曲家の方の訃報を、今年になり立て続けに三度も聞く事になるなんて思いもしませんでした。
昭和歌謡を一度でも聴いた事のある人なら、誰しもが口ずさめる心に残る素晴らしい歌をお作りになられました。
昭和が過ぎ平成が過ぎ令和の今、あの懐かしい昭和の時代がどんどん遠のいていくような気がしてとても寂しい気持ちになります。
御三方の生み出した作品はこれからもずっと残っていくので、それぞれの出来事と共に寄り添って生きて行きます。
お疲れさまでした・・・心より御冥福をお祈り致します。
ありがとうございました。
返信0
名無しさん
3、4年前か夜の京都の祇園で
お着物を着た美しい女性達10人位に囲まれたオーラのある素敵なおじ様が歩いて来るなぁと思ってすれ違ったら なかにし礼さん でした!
コメンテーターのお姿を知っていたのですが、調べたら作詞等ヒットメーカー。
凄い先生はやっぱり遊び方も違うし!キラキラして元気で良いな!と思っていました。
この写真通り、ピシッとして美しい方だったので亡くなるイメージがつかずで…
この訃報はびっくりです。
もし自分が男だったら、あの時のなかにし礼さんみたいに夜の祇園をキラキラと歩いてみたい!と密かに思っていました。
最近昭和の元気印な方々の訃報が増え、
それ毎に人にも寿命がある事を考えさせられます。残念です。
返信0
名無しさん
今年の紅白は「エール」での古関裕而さんに始まり鬼籍に入られた作詞作曲家の方々の歌が多く流れしみじみ聴き入ることになりそう。
それにしても昭和平成で活躍された方が相次いでという思いが強いですね。
返信0
名無しさん
若い頃鎌倉のラルフローレンレストランで
ピアノを演奏していました。よく中西さんが家族でおみえになっていて楽しそうにお食事をされていました。この人すごいって思えたのは
帰りぎわにいつも「今日も素敵な演奏をありが
とう」って笑顔で必ず言って帰っていく事
末端の音楽家の演奏もきちんと聴いてくださっていた素晴らしい人格者でした。心から御冥福をお祈りいたします。
返信0
goldrush0089
細川たかしさんの歌う「北酒場」を共に制作した中村泰士さんの後を追うかのようになかにしさんまでもが・・・。
なかにしさんは癌になったものの特殊な治療で克服したと聞いていたので残念だ。
ご冥福をお祈りします。
返信0
名無しさん
筒井、中村、そしてなかにし礼、日本の音楽界に燦然と輝いた方々が次々と黄泉に旅立った。今風のアニメキャラの音楽にはついていけない私にとって彼らの作った曲が脳裏から離れることはない。一方で孫たちとも付き合っていかねばならない。詩の中に考えさせられる人生が織り込まれている歌と
日記帳のような現代の詩を元に作られた歌のギャップが大き過ぎてついていけない自分がもどかしい。
返信0
名無しさん
北酒場はレイザーラモンRGさんの活躍もあって、ここ何年か間で聞くことができました。重くなりがちな演歌の中で明るい詞とメロディで気持ちの良い歌です。
それにしてもこんなに著名人が亡くなった年ってあったかなと思います。自分の記憶の範囲では突出して多い印象です。国内でも海外でも。
返信0
名無しさん
いっぱい名曲がありすぎる。
中でも…。
「あなたならどうする」「AMBITIOUSJAPAN!」、昭和と平成、20世紀と21世紀、どちらの時代にも筒美京平先生と組んでつくられた。
「石狩挽歌」「時には娼婦のように」は、なかにし礼先生のお兄様との思い出がバックにある。
ここ数年闘病中だったが、今は大きな星を失ったような思い。でも、なかにし礼先生の作品はこれからもたくさん聴き、歌い継がれる。
由利子さん、お辛いでしょうが先生の分まで長生きして下さいませ。
合掌
返信0

 

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