歴史上の人物(女性)

薩英戦争の勝敗を分けた女スパイの存在

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★薩英戦争のきっかけとなった「生麦事件」

 現代では、考えられないことですが、幕末に、薩摩藩と英国艦隊による戦争が起きました。

 この戦争のきっかけになったのは、文久二年(1862年)に起こった生麦事件でした。

 生麦事件とは、そのとき薩摩藩の島津久光が、江戸から京都に戻ろうとして、神奈川の生麦村(現・横浜市鶴見区)に差しかかったところで、四人のイギリス人が騎乗のまま列を横切ったため、藩士が激怒し、一人を斬殺し、二人に重傷を負わせた事件でした。

 これに対して、怒ったイギリス側は、幕府を通じて薩摩藩に犯人の引き渡しと、賠償金を要求しましたが、薩摩藩はこれに応じません。

 このため、薩英戦争が勃発したのでした。

★薩英戦争の勝敗と海外の反応

 この当時、英国艦隊は、最新の武器を装備して世界最強と謳われていたため、世間の人々は、薩摩藩の敗戦は必至と思われていました。

ところが、薩摩藩は、非常に強く、歴史学者によっては、これは薩摩藩の勝ちだという人も多数いるくらいです。

  薩摩藩の損害は、砲台と船舶のほとんどを失うとともに、民家、武家屋敷も、かなりのダメージを受けました。しかし、人的被害は5名の戦死者と13名の負傷者に止まりました。

 しかし、イギリス艦隊は、20名の戦死者と43名の負傷者を出し、艦隊も二隻が沈没し、四隻が相当のダメージを受け、無償だったのは1隻のみでした。

 そして、当時世界最強と謳われた英国艦隊がこれだけのダメージを受け、早々に横浜に撤退したことに西洋各国は驚きを隠せませんでした。

 更に、この戦争を報道した当時のニューヨークタイムズには、「日本を侮ってはいけない。」という文字が踊ったのでした。

 

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★薩摩藩の秘密兵器は女スパイ

 しかし、薩摩藩は、どうして、こんなに強かったのでしょうか。

 実は、薩摩藩のこの強さの裏には、女性スパイの存在があったと言われています。

 彼女は、「おむら」という名の女性でした。

 当時二十三歳だった「おむら」は、勘が鋭く器量が良かったことから、英国艦隊の指揮官クーパーに気に入られ、横浜にある彼の屋敷で暮らしていました。

  クーパーの屋敷では、イギリス将校の会議がしばしば開かれており、「おむら」は情報の収集を行いました。

そして、週に一度許されていた外出の際、薩摩藩士の木勝彦三と会って極秘情報を伝えていたというのです。

 このため、薩英戦争の際には、「おむら」は英国艦隊が、横浜から薩摩に向かう日を伝えていたのでした。

 また、英国艦隊が薩摩まで行くのは、威嚇的な意味合いが強いため、砲弾はあまり積んでいないこと、イギリス将校たちはラシャメン(外国人を相手にしていた遊女)に溺れて士気を落としていることなども伝えたのでした。

 こうした情報を得た薩摩藩は、ありったけの大砲を用意して、英国艦隊を待ち受けていました。

  薩摩藩が、この薩英戦争を有利に進めたのは、このように女スパイによる情報収集を十分に行うことができ、その準備を十分にして対応したことによるものでした。

★なぜ、「おむら」はスパイを引き受けたのか?

 ところで、この「おむら」という女性は、どのような理由で、スパイという危険な仕事を引き受けたのでしょうか?

 それは、「おむら」が、薩摩藩の木勝彦三と恋仲にあり、この木勝にスパイになるよう勧められたという理由でした。

 そして、木藤は、生麦事件のあと、イギリス側の動向を探るために調査を開始しており、英国軍の拠点の一つである上海に渡って情報収集につとめました。

 その結果、英国艦隊による攻撃の時期や装備を知るためには、「日本で、直接、英国艦隊を偵察し、生の情報を得るしかない」と確信します。

 そこで、木藤が考えたのが、ラシャメンを使ったスパイ作戦でした。

 木藤は、江戸に戻って集めた女性のなかから、芳町で芸者をしていた「おむら」に白羽の矢を立てます。

 そして、「おむら」を口説き落とし、クーパーのもとに送り込んだのでした。

 ちなみに、木藤は、今でいうイケメン美男子で、「おむら」は彼に一目惚れしていたとのことでした。

 このため、惚れたものの弱みで、「おむら」は、木藤の頼みとあっては、スパイという危険な仕事でも喜んで引き受けたのだと思われます。

★薩英戦争終了後、おむらは

 薩英戦争が終了後、クーパーは横浜に戻ってきます。

 そして、英国艦隊の苦戦を物語っているように、重傷を負っての帰還でした。

 しかし、「おむら」は横浜に戻ってきたクーパーを置き去りにして去ります。

 そして、木藤の妻となったのでした。

 「おむら」が女スパイとして活躍したのは、わずか4か月でしたが、その使命を十分に果たしたことで、イケメンの木藤と結婚することができたのでした。

 そして、江戸人形町で店をもち、夫婦仲良く暮らしたと伝えられています。

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